リケ恋がYATTEKURU

 ほぼ接近に近い小規模イベントは甘美な毒である。(氷雨 199×~)


 彼が寝台列車と新幹線を乗り継ぎ、遥々千葉から福岡までやってきた理由はただ一つであった。人生を賭けて生涯応援することを勝手に決めている推しのご尊顔を拝むためだ。甚だ馬鹿げている、と脳内別人格の彼が鼻で笑う。その通りだ、反論の余地もない。しかし誰に何を言われても笑われても、推しと過ごす時間が彼の幸せの全てであった。

 その日、彼は仕事を終わらせると一目散に家路についた。一度もアイロンをかけたことのない草臥れたスーツを、半ば投げ捨てるように脱ぎ捨てると、急ぎシャワーを浴びてプライベート用の服に着替える。用意してあった荷物を手に取り、先ほど降りたばかりの最寄り駅に再び向かう。やってきた電車に飛び乗ると、東京駅で寝台列車に乗り換える。

 彼にとって初めての寝台列車の個室は、押入れを秘密基地にしていた幼少期を思い起こす狭い空間だったが、どこか懐かしくもあり不思議と心躍る場所でもあった。子供の頃に買えなかった玩具を、大人になって買い漁るのにも似た喜びを感じる原体験だ。寝間着に着替えるスペースもほとんどなかったが、小柄な彼はむしろ居心地の良さすら覚えた。

 B寝台ソロはモーターの上に部屋があると聞いていたので、眠れるかどうかが気掛かりではあったが、当たり前のように繰り返される5連勤と月始めのハードワークをこなした後の週末とあって、寝支度を整えて横になるとまもなく眠りに落ちた。どれくらい眠っていたのか、目が覚めると窓の外は田園風景に変わっていた。陽の光が差し込んでいる。

 予め買っておいたパンを無造作に食べながら、麦茶で喉に流し込む。寝間着を着替え、車掌の到着アナウンスを待つ。程なくして、列車は乗り換え駅の岡山へ。サンライズ出雲と瀬戸の切り離し作業を見終えた後、新幹線の発車ホームへ踵を返す。思っていたより快適だったとは言っても睡眠時間が足りているわけではないので、彼は何度か船を漕いだ。


 1時間ちょっと微睡みの中にいると、あっという間に目的地の小倉に到着した。昼食には些か早いが、小腹が空いていたのでその解消と時間潰しのため、駅前のカフェに入る。アイスティーとマフィンを胃に流し込む。すると青い服を来た女性が横を通り、不意に心臓が跳ねる。分かっていても後ろ姿を見てしまう。彼の悪い癖だ。自嘲し席を立つ。

 今日の宿は駅から歩いて10分ほど。イベントのチケットを入手した翌日にホテルを探すと、駅チカのホテルはほぼ全て全滅していて大層驚いた。仕方なく駅から少し離れた歴史ある古いホテルを仮住まいとした。あちこち傷んでいるが、スタッフの対応はとても良い。チェックインには早すぎる時間だったが、荷物を預けて身軽になることができた。

 周辺を散策した後、そろそろイベントが始まる頃合いというところで、見知った顔を発見した。徐に近づき挨拶を交わす。話をしていると、建物が開放された。7階のイベント会場に足を向けると、漠然と入場待機列らしきものができていたので並ぶ。形式的に消毒と体温チェック、チケットと身分証確認、ワンドリンク制なのでコインで飲み物を買う。

 今回は最近のイベントの中では珍しく、フラスタ・楽屋花の搬入が許可されていた。推しに関係するイベントとしては、現在の環境化で初めてのことだった。ファンの想いが形になった御花を見上げる。やはりあるのとないのとでは、士気だったり雰囲気だったりが微妙に異なる気がした。彼も参加者の端くれとして名を連ねているネームボードを見る。

 ただの名前の羅列が『どんな時も、いつだって此処にいる』と強く語っているように思えた。彼は想いの結晶が御花でなくてはならないとは考えていない。形はどんなものでもいいと思っている。けれど、絶対になくならないでほしい文化の一つだった。また会場がスタンド花で溢れる世界で一番青い場所が見たい、という想いは彼の心の中にもある。


 第一部の開演時間である12時の5分ほど前に、雨宮さんの声で諸注意を告げるアナウンスが流れる。これは今この瞬間に読み上げているのか、それとも事前に録音したものなのか、彼には判別が難しかった。それほど理路整然と、凛々しく綺麗に読み上げていたのだ。なお第二部の最初のMCで、これは雨宮さんの生の影ナレだったことが明かされた。

 そんな益体もないことを考えながら10分ほど経った頃、遂にイベントが始まった。MCの芸人さんが場の空気を温め、登壇する演者を呼び込む。上手から山田さん、雨宮さん、原さんの順に手を振りながら登場し、席に座る。各々が想像する理系女子大生的プライベートファッションなんだろうなあ、というお衣装。詳細は各自SNSを参照してほしい。

 「えっ、距離近っ」と心の声が洩れそうになる。彼は5列目の中央であったが、ステージまでの距離は目測で5メートルもない。雨宮さんは例によって、演じる氷室菖蒲的薄い青系シャツに黒タイツスカート。美しいご尊顔から目を逸らすが、黒タイツをガン見するのも失礼に違いなく、目のやり場に困る。心臓を手で抑えながら、彼は視線を顔に戻す。

 「この距離感はやべーって!」と必死に訴える己の心の声を無視し、雨宮さんの挨拶に耳を傾ける。自然と顔が綻ぶ。彼はマスク着用が義務で良かったと思った。間抜けなニヤケ面を推しの前に晒す心配がないだけでも有り難かった。
 イベントの内容は大きく分け、ゲームコーナーと朗読だ。


第一部
 ・作品紹介とキャラ紹介
  ※超シンプルな相関図
 ・理系学生に聞いてみた。(二択多数派当てゲーム)
  ※CR雨宮さん。不正はなかった
 ・ポーズ合わせゲーム(お題から連想・全員揃える)
  ※独特なポーズを連発する原さん
 ・原作漫画の生アフレコ(理系的童話回)
  ※原さんと山田さんの役の掛け持ち量
 ・色玉(?)をお題通りに試験管に入れるゲーム
  ※意外に器用な雨宮さん

第二部
 ・理系女子に相談コーナー(Twitter事前募集)
  ※原作・山本先生による切実な相談
 ・チーム対抗単語連想クイズ(外来語禁止)
  ※原さんの理系知識に頭を抱える雨宮さん
 ・被らずに単語を記名するゲーム(会場参加型)
  ※山田さん「沖縄県!(福岡県)」
   隣で目を丸くする雨宮さんのお顔
 ・質問コーナー(1人5問キャラになりきり回答)
  ※「雪村くん、しゅき~!」「ばりすいとーよ♡」
   オタクは二度死ぬ、執行猶予などない


 何かが足りなかったり一部と二部の内容が逆だったり順番が違ったかもしれないが、彼の記憶力を辿ると概ねこのような内容であったと思う。
 もし違っていたら訂正したいので、覚えている方はご教示願いたい。

 簡単にではあるが、個人的な見所と思しきものは※にて記させていただいた。ちなみに第二部では第一部の衣装に白衣が加わっていたので、衣装だけで言えば一部の方が破壊力が高かった、というのがおそらく参加者の総意だったのであろう。どんな衣装でも推しのご尊顔の前には心停止必至なので、どちらにせよ彼にとっては同じことではあるのだが。

 イベント時間は両部ともに100分~110分、間に換気時間として10分程度の休憩が設けられていた。この手のイベントの中では非常に満足度の高い内容だった。各部ともに割と長丁場であったにも関わらず、休憩時間もあってか全く退屈することなく、終始笑いに包まれたイベントであった。座席は指定で全11列220席。最後列であってもとても近い。

 MCのメガモッツさんはしっかりリケ恋を履修してくださっていて、出しゃばり過ぎずふざけ過ぎずに演者のお三方の魅力を引き出してくださっていたと感じた。全体的にちょうど良い塩梅で危なげなく司会を務めてくださり、非常に好感が持てるお二人であった。自称クリスにはさすがに笑ったが、中川さんは確かに天津向さんにちょっと似ている。

 そして何より、演者のお三方が美しく話が面白いということに尽きる。奏ちゃんは作中で常識人ポジションのツッコミ役であるが、原さんはいい意味でポンコツのツッコまれ役のように見えた。理系知識は数学4点の雨宮さんが頭を抱えるレベルだったし、何かと一人だけ独特の感性を炸裂させていた。たぶんすごく面白い人である。今後も注目したい。


 山田さんは声優としてはほぼ初めての作品イベントであるという話をしていたけれども、前職が前職だけに場馴れしてる感があった。ていうか、宣材写真が結構好みだ。実際すごくお綺麗である。こういうことを言うと、また「推し変か?」というあらぬ疑いをかけられるので、あまり声高には言えないのだが。彼の推しは今も昔も唯一人である。

 雨宮さんと山田さんはアフレコのタイミングが別々で、挨拶を除けばほぼ初対面だったようだ。山田さんが雨宮さんのお顔を頻りに褒めていた。ちなみに山田さんは絶叫系が得意らしいが、漢字には弱いように見えた。雨宮さんと真逆である。あとたぶん天然だ。「沖縄!(福岡)」には笑った。雨宮さんの貴重な困惑顔が見られたのも有り難い。

 最後に雨宮さん。オンラインリリイベやライブ等のMCに比べればさすがに「余所行き」の天さんであったが、時折覗く素の天さんが愛おしい。キリッとした仕草も、くしゃっとした笑顔も、お水を飲む時のぷくっと膨らむ頬さえも。つい外見の凛々しさに見落としてしまいがちだが、彼女は賢い。周りを見て、どう生かすか決めることのできる人だ。

 普段ユニット内ではベテ赤を名乗り、どちらかと言えばボケ倒しているようにも見えるが、今回のように周りがボケに回るのならツッコミに回ることもできるのが雨宮さんである。人をよく見ていて、頭の回転が早いのだ。そんなところも魅力の一つだと思っている。あと近かった、めっちゃ近かった。しっかりファンと目を合わせてくれる。好き。

 大まかな内容は以上である。彼にとって初めての福岡一人旅は非常に楽しいものとなった。当方、紳士を絵に描いたようなオタクであるため、このように面白味のない拙筆となってしまったが、ここまで読んでいただき心より感謝申し上げる。読者諸氏におかれては、今後も健康に留意し、各々が推しを幸せにする活動に勤しんでいただければと思う。